取材
2万歩から始まった、自転車と手作りドーナツの店「ちゃりんこ喫茶10」
高槻で、米油を使った手作りドーナツを提供している「ちゃりんこ喫茶10」。 現在はお店でドーナツを販売しながら、店名の由来にもなった自転車での移動販売も続けています。 始まりは、今から約3年3か月前。初めて移動販売に出た日は約2万歩を歩いたものの、ドーナツを購入してくれた方はわずか2名だったといいます。 そこから地域の方々の口コミによって少しずつ名前が広がり、現在では一日に何度も足を運ぶ常連客がいるほど、地域に親しまれるお店になりました。 店主の久保さんに、半導体エンジニアからドーナツ店を始めた経緯や、自転車での移動販売、試行錯誤を重ねて完成したドーナツについて伺いました。

半導体エンジニアから、自分のお店を持つ道へ
「ちゃりんこ喫茶10」を営む久保さんは、お店を始める以前、半導体エンジニアとして働いていました。 大学では電気や回路に関する分野を学び、会社では自動車に使用されるメモリーや、スマートフォンなどに組み込まれるセンサーに関わる開発を担当していたそうです。 専門的な知識を活かして働く一方で、久保さんの中には以前から「いつか自分で何かをしたい」という思いがありました。 ドーナツ店を開くことまで決めていたわけではありませんが、いずれ会社を離れ、自分自身で商売をしたいと考えていたといいます。 安定した仕事を離れて、自分で事業を始めることに葛藤がなかったわけではありません。 それでも、以前から抱いていた「自分のお店を持ちたい」という思いを選び、会社を退職。高槻という新たな場所で、新たな挑戦を始めました。最初に決めたのは、ドーナツではなく自転車での移動販売
久保さんが最初からドーナツ店を開こうと決めていたわけではありません。 先に考えていたのは、自転車を使った移動販売でした。 まずは自転車で商品を届けるという形を決め、その後に「何を販売するか」を考えていったそうです。 大学時代からお菓子作りが好きだった久保さんは、パウンドケーキなど、いくつかのお菓子作りに挑戦しました。 自分で食べる分にはおいしく感じても、お金を受け取って販売する商品として考えると、なかなか納得できなかったといいます。 「自分で食べる分にはおいしいんですけど、人に販売するにはもう少しかな、という感じでした。いろいろ作ってみたんですけど、どれも納得できなくて」 さまざまなお菓子を試すなかで、久保さんの頭に残り続けていたのがドーナツでした。 大学時代にはドーナツ店で接客のアルバイトをしており、もともとドーナツを食べることも好きだったそうです。 一方で、ドーナツ作りの経験はなく、油を使って作る難しさも感じていたため、最初はなかなか挑戦できずにいました。 それでも、ほかのお菓子では納得できなかったことから、「一度ドーナツを作ってみよう」と試作を始めます。 「ドーナツはずっと頭の中にはあったんです。でも油を使うし、そんなにすぐ作れないだろうと思って、なかなか手を出せませんでした。ただ、ほかのものがしっくりこなかったので、一回作ってみようと思ったんです」 こうして、自転車で販売する商品として選ばれたのが、久保さん自身も好きだったドーナツでした。好きだったから続けられた、納得できるドーナツへの試行錯誤
初めて作ったドーナツが、そのまま商品になったわけではありません。 自分がおいしいと感じるだけではなく、購入した方にもおいしいと思ってもらえるものを作るため、久保さんは何度も試作を繰り返しました。 思いどおりに仕上がらなければ、材料や作り方を見直し、再び作ってみる。その試行錯誤を続けられたのは、久保さん自身がドーナツを好きだったからだといいます。 「もちろん、最初から『これは売れる』というものができたわけではありません。でも、ドーナツが好きだったので、もう一回こうしてみようと、ずっと作り続けました」 現在販売されているドーナツは、久保さんが一から考え、試作を重ねて完成させたものです。 すべてを同じ生地や材料で作るのではなく、それぞれのドーナツに合わせて作り方を変えています。 たとえば、抹茶生地のドーナツは、ほかのドーナツとは異なる材料を使用。卵や牛乳を使わず、豆乳で作っているそうです。 また、月に一度、乳・卵不使用のドーナツを提供する日も設けています。 一つひとつのドーナツに合った材料と作り方を考えながら、幅広い方に楽しんでもらえるドーナツ作りを続けています。初日は2万歩歩いて、購入してくれた方は2名
約3年3か月前、自転車を使った移動販売から「ちゃりんこ喫茶10」は始まりました。 ドーナツを自転車に積み、高槻のまちを歩いて販売するスタイルです。 しかし、初日から順調に売れたわけではありません。 久保さんは、その日だけで約2万歩を歩いたものの、ドーナツを購入してくれた方は2名だったと振り返ります。 「初日は2万歩ぐらい歩いたんです。ある程度の数を持っていったんですけど、買ってくれた方は2人だけで、結構残ってしまいました。最初はつらいものもありましたね」 多くのドーナツが残る、厳しいスタート。 それでも移動販売を続けるなかで、お店の存在を周囲に広めてくれたのが、地域の方々でした。 日常の世間話のなかで「ドーナツを販売している人がいる」と周囲に伝えてくれたそうです。 SNSだけではなく、人から人へと伝わる口コミによって、「ちゃりんこ喫茶10」の名前が少しずつ広がっていきました。 「最初はSNSを見て来てもらったというより、本当に口コミでした。僕のお母さん世代くらいの方がすごく応援してくれて、『こういう人がいるんだよ』と周りに話してくださったんです」 移動販売を始めてから約1か月後には、芥川商店街で行われていたイベントにも出店。 周囲の方々が積極的に声をかけ、来場者を呼び込んでくれたことで、多くの人にドーナツを知ってもらうきっかけになりました。 初日に購入してくれた方は2名でしたが、地域の方々との出会いや口コミが重なり、お店を知る人は着実に増えていきました。 当時応援してくれた方のなかには、現在も時折お店を訪れてくれる方がいるそうです。子ども連れやベビーカーでも入りやすいお店に
自転車での移動販売から始まった「ちゃりんこ喫茶10」ですが、現在はお店でもドーナツを楽しめます。 店内の雰囲気づくりで久保さんが大切にしているのは、子ども連れの方でも気軽に入りやすいことです。 周辺には子育て世帯も多く、赤ちゃんや小さな子どもと一緒に来店する方もいます。 お店によっては、赤ちゃんを連れていることで入りにくさを感じる場合もありますが、「ちゃりんこ喫茶10」ではベビーカーでの来店も歓迎しています。 「赤ちゃんを連れていると入りにくいお店もあると思うんです。うちは逆に、子ども連れの方でも入りやすい雰囲気にしたいと思っています」 子育て世帯だけに限らず、さまざまな世代の方に楽しんでもらうことも、お店が大切にしていることの一つです。 若い男性がドーナツをテイクアウトすることもあれば、年配の男性が一人で店内を利用することもあります。 なかには、一日に2度足を運ぶ常連客もいるそうです。 自転車で販売していた頃から地域の方々に支えられてきたお店だからこそ、誰でも気負わずに立ち寄れる、親しみのある空気が店内にもつながっています。
自転車と店主の名前を掛け合わせた「ちゃりんこ喫茶10」
一度聞くと印象に残る「ちゃりんこ喫茶10」という店名。 「ちゃりんこ喫茶」は、自転車を使った移動販売から始まったことに由来しています。 数字の「10」は「てん」と読み、喫茶店の「店」と、久保さんご自身の名前を掛け合わせて名付けたそうです。 漢字の「店」ではなく数字の「10」と表記したことで、自転車から始まったお店に合う、個性的で覚えやすい名前になりました。 現在は店内での営業も行っていますが、自転車での移動販売は今も続けています。 「ちゃりんこ喫茶10」という店名には、久保さんが高槻で最初の一歩を踏み出したときの販売方法と、お店の原点がそのまま残されています。米油で揚げた、サクふわのドーナツ





